石垣山城に行ってきた。(1)




豊臣秀吉が北条氏の小田原城攻めを行なった際に、一夜のうちに築城し相手の戦意を喪失させた、

という小田原征伐のエピソードで有名な、石垣山一夜城に行ってみることにしましたよ。
JR東海道本線で小田原駅の次にある早川駅で降ります。
山頂の一夜城までは車道が整備されているのでタクシーで行くとあっという間ですが、
徒歩で45分ほどだというので、我が子と歩いて登ってみることにしました。



豊臣秀吉が天下統一を果たした山ですから、その登山道には「出世道」の碑が。

この道は「関白農道」という名がついています。
ちなみにこの車道はそもそも農道で、登山者向けに作られていないので
歩道があるわけではないので、登る時には注意していきましょう。



45分ほど歩いて登るのですが、小田原攻めに参陣した豊臣秀吉旗下の武将たちを説明する

説明板がある程度の間隔で設置されており、飽きない工夫がされています。
説明板は全部で8名分ですが、徳川家康、伊達政宗、宇喜多秀家などの武将の他にも、
淀君、千利休なども混じっています。
ちなみにこれは最初に現れる、堀秀政の説明板。



ちなみに堀秀政の案内板のすぐそばには、海蔵寺の裏手の墓地があり、

その中に小田原征伐の陣中にて亡くなった堀秀政の墓があります。
一般人の墓に紛れて分かりにくいですが、水汲み置き場の裏に説明板と共にあります。



関白農道の途中から見た小田原市街地。いい景色―。

手前に広がるのはみかん畑です。

ちなみに、小田原城の天守閣が見えているのが分かりますか?



8名の説明板の最後は豊臣秀吉なのですが、

それを過ぎるといよいよ一夜城歴史公園の入口に到着します。
ここまで自動車で来ることができます。駐車場もある程度広いです。
ここから右にある階段を登っていきます。



駐車場から一夜城二の丸までは、比較的道路や階段などが整備されています。

2歳の我が子は、城跡大好きっ子。飽きることなく楽しんでいるようです。
さて、豊臣秀吉が本陣を敷いた石垣山城址まで登っていってみましょう。

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