先日、姫路市の黒田官兵衛ゆかりの場所に行ったことをきっかけに、
黒田官兵衛も大きく関わった豊臣秀吉の中国大返しのことをもう少し知ろうと思い、
豊臣秀吉や黒田官兵衛の立場ではなく、逆に敵側の毛利軍の立場から知ってみようと、
童門冬二氏の歴史小説『小早川隆景』を読みました。
以前に『厳島戦記』という、毛利家と大内家の激闘の物語を書いて、
毛利元就の三男である小早川隆景ももちろん作中に登場していますが、
『厳島戦記』で描かれている「厳島の戦い」の頃の小早川隆景はまだ20代の若者。
この小説では既に父の毛利元就や長兄の毛利隆元は死去し、
隆元の子・毛利輝元を当主として、小早川隆景は兄の吉川元春と共に
若き甥の当主を支えているという40代頃から話が始まります。
当然、目の前にいるのは西日本攻略を目論む織田信長軍です。
織田軍の中国進軍担当としてやってきた羽柴秀吉(豊臣秀吉)と対峙する毛利軍。
そこで小早川隆景が兄の吉川元春と考え方に違いが生じてきたことから、
本能寺の変の後、毛利家は家中最大の選択を迫られることになります。
豊臣秀吉が「自分の後に天下を取るのは、黒田官兵衛か小早川隆景だ」と、
陪臣の身でありながらその能力を秀吉に認められ、五大老にまで上った小早川隆景。
その死後、いきなり天下は動いて関ヶ原の戦いが起こったのを見ると、
小早川隆景の存在はまさに、天下の流れを動かすものだったのではと感じました。




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