小倉城に行ってきた。


福岡県北九州市の小倉城に行ってきました。

とは言っても、北九州市出身で幼い頃からお城好きな私は100回以上行っているのですが、
子どもを連れて天守閣に入ったことはまだ一度もないため、数年ぶりに城に入ることに。

小倉城の天守閣の特徴は何といっても、唯一黒い壁になっている最上階が、
下の層よりもはみ出していること。これを南蛮作りと言います。
かつては、このアングルからの小倉城が最も美しく写真に収められていたのですが、
数年前に北側にリバーウォークという黄色の変な大きな建物が建ってしまったので、
その黄色のビルが写真に入ってしまうことに…。残念です。

そんな現在、小倉城天守を最もカッコよく撮れるのは、この北東からのアングルかと。
本丸から撮るよりも、堀の外から撮るほうが石垣もしっかり入ってカッコいいです。
ちなみに、今のような天守を建てたのは関ヶ原の戦い後に豊前国を与えられた細川忠興。
やがてその細川家が肥後熊本藩に移ると、今度は譜代大名の小笠原家が入りました。
つまり小倉藩は幕末まで譜代大名の藩であり、
それが結果的に、幕末の長州征伐の激闘という歴史を生むことに。

天守閣に入ります。
天守に入ってすぐに目に入るのが、この大きな虎の絵。
「迎え虎」と呼ばれ、どこから見ても必ず虎と目が合ってしまう、というもの。
ちなみに、小倉城天守再建50周年記念で生まれた小倉城のマスコット的ゆるキャラ「とらっちゃ」は、
この迎え虎がモチーフになっています。
後で気づいたんですけど、「とらっちゃ」の額のぶちは、小倉藩主・小笠原氏の家紋ですね。

城内にはいろいろな映像やら体験コーナーがあり、子どもでも楽しめます。
これは小笠原藩の出陣前の作戦会議をからくり人形で再現するシアター。
天草四郎が活躍した「島原の乱」への出陣前夜の話らしいです。
ちなみに左側手前にいるのは、剣豪宮本武蔵の子・宮本伊織だとか。小倉藩の家老だったんですね。

宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の対決も、北九州市にゆかりが深いということで、
武蔵が用いた木刀や小次郎の物干し竿のレプリカがあり、実際に持つことができます。
佐々木小次郎は小倉藩の剣術師範であり、
巌流島は小倉から船ですぐのところにある関門海峡の中にあります。


出口に掲げられているのは、また一味ちがった虎の絵、通称「送り虎」。

入口の「迎え虎」はオスなのに対し、この「送り虎」はメスなんだそうです。


というわけで、小倉城の天守閣をしっかり楽しんできました。

そう言えば、天守に向かうこの坂の右側に売店があり、自動販売機が並んでいるのですが、
九州ローカルの『ドォーモ』という人気番組で「トワイライトゾーン」という投稿企画があり、
ここの自動販売機の一つが、平成〇年という特定の10円玉だけを受け付けない、
という投稿をアナウンサーが実証していたのを覚えています。
今はどうなんだろ。

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