「歴史発想源/武心の大道・建武争乱篇」、連載スタート!


毎週土曜日配信中の有料メールマガジン『ビジネス発想源 Special』にて絶賛連載中の「歴史発想源」、今週からは新章がスタートです!

歴史上のエピソードから経営やマーケティングのヒントを探すビジネスコンテンツ「歴史発想源」。前回の「改革の鷹眼・米沢再生篇」に続き、新たに第19章が始まります。

新章となる第19章のタイトルは、「武心の大道・建武争乱篇」です。

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今回は「信念の貫徹」をテーマに、鎌倉時代末期〜南北朝時代にかけてを舞台に描いていきます。

南北朝時代というと『太平記』の時代ですが、この時代の流れを語るのに中心的となる人物といえばやはり、室町幕府を開くことになった足利尊氏でしょう。

そして、その足利尊氏に武家政権を作られて対立関係となった後醍醐天皇、さらにその下で寡兵で足利尊氏と戦った戦術の天才・楠木正成が注目されます。

しかし、今回の「建武争乱篇」の主人公は、新田義貞です!

新田義貞は、最終的に天下を取った足利尊氏や、天才的戦術を持ち華々しく散った楠木正成に比べれば、かなり地味な存在で、しかも足利尊氏に歯が立たずに歴史から消えた「凡将」「愚将」と称している歴史家もとても多くいます。

しかし、裏切りや出し抜きが当たり前の世の中で、したたかに生き抜いて頂点に立った足利尊氏に比べ、信念を貫き武士らしく生きたのは、この時代には新田義貞ぐらいではないかと思うのです。

実際に、足利尊氏に比べてすごく身分の低かった新田義貞は、何十万という軍勢を率いて鎌倉に攻め込んで鎌倉幕府を滅ぼし、足利尊氏離反後に天皇軍の総大将として全軍の指揮を任されたほどで、大きく信頼を集める人間性が必ずあったはずなのです。

それを結果だけで「凡将」「愚将」と評価するのは、正しいことでしょうか。

後に天下を取ることになる徳川家康は、新田義貞の一族の子孫であることを名乗りましたが、新田義貞の生き方は後世の人間にとって勉強なることが多いと思います。

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