?州市の張飛廟に行ってきた。(1)



三義宮から少し離れたところにある、『三国志』に登場する張飛の故郷とされている張飛廟に行ってみることにします。幹線から入ると道はこんな感じで、舗装もされていなくて思いっきりド田舎なので、歩いて行くのはかなり大変かもしれません。ちなみに私は、張飛廟や影視城などを全部回って駅まで送るまで拘束したらいくらかと聞いたら200元でいいというので、その金額で回ってもらうことにしました。


ということで、張飛廟に到着。入場料は確か20元。ほんとド田舎の何もないところにポンと建っているので、バス停も近くにないしタクシーも絶対に来ません。タクシーを確保していてほんと助かりました。


張飛廟に入ると、このように張飛の銅像がお待ちかね。ちなみにここも、私の他には誰もいませんでした。


銅像の右側には「張桓侯廟」があります。張桓侯というのは張飛のことです。


張飛廟の中に祀られた、張飛の像。すごい形相ですね…。


張飛の左手側には、左から馬奇、呉班、張遵の像。上座のはずの馬奇というのは何をした人か私は知りません。呉班は劉璋時代からの蜀臣で、張飛の都督の時もありました。一番右の張遵は張飛の子・張苞の嫡男。つまり張飛の孫にあたります。何というテキトーな目。


そして張飛の右手側にも3対の像。上座である右から、張苞、張寿、馮金定。右の張苞は張飛の子どもで、張飛の死後は関羽の子・関興と共に諸葛孔明の北伐を支える人物です。あとの2人は何をした人か知りません。


コメント