厳島に行ってきた。(3)



厳島神社の裏側から、山麓の大聖院まで真っすぐに進む小道。この路は大聖院の奥に滝があることから「滝小路」と呼ばれます。上卿屋敷と呼ばれる林家住宅や淡島神社など風情ある建物が点在している、歴史を感じさせる小路で、個人的お薦めポイント「厳島新七景」の一つです。


この滝小路に、名跡紹介の看板が。ここは「厳島の戦い」の際、奇襲の先鋒を務めた毛利元就の第二子・吉川元春と、大内軍の武将・弘中隆包が死闘を繰り広げた「滝小路の戦い」の戦場でもあるのです。弘中三河守隆包の奮闘から、この場所は後に「弘中戦地」とも呼ばれるようになりました。「厳島の戦い」というと、奇襲を決断した毛利元就と追い詰められる陶晴賢の行方がクローズアップされるのですが、個人的には、毛利軍随一の猛将吉川元春と、大内軍随一の勇将弘中隆包が対決したこの「滝小路の戦い」は「厳島の戦い」の中でも特に好きなシーンの1つです。


滝小路を進んでいくと、大聖院に突き当たります。弥山で修業した空海が開基したと言われる真言宗の寺院で、宮島の中に多々ある寺院の中でも最古の歴史を持っています。大半の観光客が厳島神社と宮島ロープウェーで満足する中、大聖院まで訪れるのはなかなかのツウです。そういえば私は2006年にもここに来たのですが、その時は偶然にも弥山開創1,200年記念で、ダライ・ラマ14世が弥勒菩薩の開眼法要を行なっており、ダライ・ラマ14世の姿を拝見することができました。


不思議そうに御手水を頑張る若い外国人観光客。この日の大聖院には日本人より外国人観光客のほうが多かったのですが、大聖院には不思議な置物や設置物がたくさんあるので、天狗の写真を撮る人もいれば、タヌキの置物を撮っている人もいて、パラダイス的に楽しかったです。

そして、意外に知られていない、大聖院の「仏足跡」。お釈迦様の足の裏を表わしているのですが、「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・バク」と御真言を7回唱えて拝みこの仏足跡をさわると、身体の罪障を滅してくれるというものです。他にも、実際に靴を脱いで乗るという仏足跡もあります。


大聖院の横から、弥山や駒ヶ林へと登る登山道が続いていますが、大聖院の裏手には「白糸の滝」があります。高倉上皇もご覧になったという名瀑で、高倉上皇が神輿をつけられた岩は「御幸岩」と呼ばれています。この日は豪雨で道がぬかるんでいて行くのを断念。ちなみにこの日、弥山へ上がるロープウェーも点検整備で運転停止しており、いつも行っている弥山や駒ヶ林には行けませんでした。


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